Garden

 いろんな薔薇が咲いてるガーデン いつも讃美歌 流れてる

 色とりどりの花があるけど、真ん中にある真紅の薔薇

 敵を愛したイエスの深い愛のしるし 流された血潮で 私たちは赦され

 神の源にある命の水が溢れ すべての国の民が 等しく愛を受けて生きる

 

 Garden 作詞 西雄二、伊藤聡 作曲 伊藤聡  2014.6.6

 

 

                  礼拝メッセージになぜ政治的要素を織り込むのか 

 

                                                               篠栗キリスト教会牧師 伊藤聡(いとう さとし)

   篠栗教会をご紹介するにあたり、礼拝メッセージに私がなぜ政治的要素を織り込んできたのかを語らせていただきます。

 前任地である佐世保で牧師をしていた2001.9.11に米国ニューヨークで同時多発テロが起こり、ほどなくアフガニスタンへの報復戦争が始まり、続いて隣国のイラク戦争が起こりました。この戦争は実は1990年に起きた湾岸戦争に端を発しています。イラク戦争の結果フセイン政権率いるイラクは敗れ、米軍が駐留しましたが、米軍が撤退した後にイラクは不安定化し、イラクとイラクの隣国シリアをまたいでテロ国家であるIS(イスラミック・ステイト つまりイスラム国)が台頭しました。報道規制がひかれて現地の様子が分かりませんが、イラク、シリア両国では熾烈な闘いがつい最近まで続きました。そして戦火は未だおさまっていません。

 そこで問題なのは国民の同意なく日本はこれらの戦争を支持し、同時に巨額の戦費[イラク戦争に5千億円 それ以前の1990湾岸戦争時に1兆7千億円]を支払ったことです。非暴力主義の憲法を有するのに米国に言われるまま巨額の戦費を支出し、イラク戦争の場合は同時に自衛隊が他に多額の費用を出して後方支援をし、そのことを阻止しなかった私たち日本国民はこれらの大義なき戦争に戦争責任を負っているのです。

 日本が戦争に加担しない根拠は日本国憲法にあり、この日本国憲法は憲法学者鈴木安蔵らがキリスト教と聖書の教えをもとに作ったものです。そしてこの憲法はニューヨークの国連広場に刻まれている国際連合創設理念「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ 2:4)にも合致しています。

 「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は剣で滅びる」(マタイ26:52)とあるようにイエスの教えには、ユダヤ国の権力者たちに対する痛烈な批判と行動とが示されています。律法の根本である十戒「汝殺すなかれ。隣人のものを貪るなかれ。」の教えから外れ、人々を縛るいくつもの戒めを強制してくる権力者たちに向けて、イエスの教えには弱者の立場に立っての政治的なメッセージが色濃く表されていました。

 イエスは貧しい民衆の生活を困窮させていた安息日の戒め、エルサレム神殿の祭儀システムを否定する一方で、貧しい人、弱い人、ハンディを有する人、病いある人を大切に支えて、持ち物を分かち合って生きることを奨励し、「実に、神の国はあなたがたの間にある。」(ルカ17:21)と分かち合うコミュニティを築き上げていくことによって神の国が到来すると教えました。

 後にキリスト教において「神、罪、贖い、救い」という贖罪論が強調されるようになって、このイエスの教えの豊かさが隠されてしまったことは現代の神学において反省されています。

 2002年11月15日に日本バプテスト連盟連盟総会において「殺すなかれ」との十戒をイエスの教えに裏づけて履行することを呼びかける平和宣言が、そして2006年4月1日には「西南よキリストに忠実なれ」との創立理念に立ち返えり平和を実現していくことを呼びかける西南学院平和宣言が出されました。私たち篠栗教会はこうした連盟と西南学院の動きに歩みを同じくしてゆきたいと思います。

 現在、福音派と呼ばれる他教派諸団体においてもリベラルな私たち日本バプテスト連盟よりも保守的な神学的立場にも関わらず、平和、人権、環境問題への取り組みが私たち連盟と同じ方向性を持っていることも私たちの歩みが神の御旨にかなっていることを示していると思います。そして世界には数え切れないほど志を同じくする人々がいることを忘れてはなりません。

 イエスの福音とは、神によっていのちを授けられた私たち一人一人が愛と平和と平等を重んじ、共に生かされていくことです。イエスは十字架に至る教えと生き様を通してユダヤ教を超え、キリスト教という世界に通ずる普遍的な生き方を私たちに指し示されました。イエスはその生き方を貫いてユダヤ教指導者たちに告発され政治犯としてローマ帝国に処刑されたのです。

 「わたしを信じる者はわたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。」(ヨハネ14:12)とイエスは預言されました。この言葉を信じて私たちはイエスに倣って共に生かされていこうではありませんか。私たちがイエスの教えに立ち返り、敵を愛し(マタイ5:44)そのいのちを尊ぶならば、私たちのいのちも尊ばれます(マルコ8:34-37 イザヤ43:4)。そして世界の全ての人々と手を取り合っていくことができるのです (詩編133:1)。

「実にキリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、…キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。」と使徒パウロは教えています(エフェソ2:14-22抜粋)。

 篠栗教会にはこれらのことを宣教していく使命が与えられています。イエスは「神の国はあなたがたの間にある。」(ルカ17:21)と教えられ、教会に集う私たちが愛し、愛され合う関係を築くことで神の国を実現していくことを願われたのです。それゆえ世界平和を実現する第一歩としてまず私たちが集う篠栗教会に平和をつくることが望まれます。

   私はこれまでの自らの歩みを振り返り、これまで言葉使いや態度においてイエスの愛に倣えていなかったと悔い改めています。そしてイエスの愛に倣って言葉を発し、行動していけるように創り変えられてゆきたいと思います。

 その上で皆さまと共にイエスを主と仰ぎ、イエスの教えられたように愛し、愛され合う神の国を実現する篠栗教会を形成し、訪れた人々に「ここに愛がある」と思っていただけるようにして参りたいと思います。

 

 日本の素晴らしい平和憲法は、もし私たち国民がこのまま黙っていたら、国民投票で憲法を変えることを過半数の人が支持することになってしまい改悪されてしまうでしょう。それ以前に違憲である戦争法と言われる安保関連法案が可決されたことによって、すでに自衛隊が海外に出ていって戦争することが可能となってしまっています。また共謀罪が可決されたことによって政府のすることに抗議することが困難になっています。日本を以前の平和憲法に基づく国に戻すためには違憲である一連の法律を廃止しなくてはなりません。

 

 平和の主イエス・キリストを信じる者として、私たちがこの日本の国をかつての非暴力的平和を希求する国に戻していくために聖書をひもといてこれからも礼拝メッセージに平和、人権、環境をテーマとする政治的要素を織り込んでメッセージしてゆきたいと思います。

教会住所:福岡県糟屋郡篠栗町篠栗4904−1
教会電話:092−948−0534

 牧師携帯:080−5808−7167

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